ちびたの気まぐれ日記

気まぐれに書く落書き帳みたいな写真日記

写真

東京で雪、松江でも雪

久しぶりに東京都心でも雪が積もった1月24日の早朝、羽田から出雲空港へ向かった(仕事です)。

こういう大雪の場合、世間的に雪で羽田から飛行機が飛ばないのは仕方ないと許されても、雪で自宅から羽田空港にたどり着かなかったら許されないという、世の中の理不尽さを少し感じながら、早めの(と、言ってもこれ以上早い電車はない)京王電車の始発(高幡不動4:43発)に乗った。

心配するほどの遅れもなく、無事に羽田空港に到着。現地の天候によっては大阪空港か羽田空港に引き返すという条件付き運航ながら飛行機(JAL1663便)も無事に離陸。
珍しい積雪のおかげで真っ白な東京を見ることができた。
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この広い河川敷がある川は荒川。クローバ印が秋ケ瀬、星印が首都高5号と外環自動車道をつなぐ美女木JC、花印のあたりが高島平。

あっという間に山梨県。八ヶ岳(リボン印)と諏訪湖(ハート印)、遠くに北アルプス(音符印)も見える。まさに高台からの絶景。飛行機の窓からなので当然なんだけど
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羽田から日本海側の空港に飛ぶのが初めてだからだろうか、この光景はいままで見た記憶がない。

南アルプス(白根三山:北岳、間ノ岳、農鳥岳)の上を通過。
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星印が日本で2番目に高い北岳(3193m)、尾根づたいに間ノ岳(ハート印)、そして農鳥岳(クマ印)。この山が大好きで学生時代には何度か縦走した。

南アルプスを通過したあとはだんだん雲が多くなり、次に見えたのが若狭湾。敦賀市(パンダ印)と美浜町(花印)あたりのようだ。
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写真を撮った時に、これらすべてがわかっていたわけではなく、これらの場所がわかったのは、後日以下のサイト(Flightradar24.com)で島根・鳥取方面の航空路を確認して、GoogleMapの写真と照らし合わせたから
航空機
このサイトはいま飛んでいる航空機(もちろんすべてではない)が地図上で表示され、クリックすると行き先だけでなく機種や高度、速度などの情報が表示される。飛行機のアイコンは自動的に動くのでずっと見ていても飽きない。

どういう仕組みなのかちょっと気になったので調べてみると。GPSベースにした精度の高い航空機の位置や管制を行うために航空機が発信するADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)という1090MHzの信号がある。このサイトは、それを航空無線マニア(ボランティア)が受信して、そのデータをサーバーにあげてもらって地図上に表示する仕組みになっているそうだ。

このADS-Bの仕組みはまだ日本の航空機に搭載が義務付けられているわけでなく、比較的新しい機種にしか搭載されていないらしいので、日本の大手航空会社の古い機種はこの地図に表示されない方が多いとのこと、ちょっと残念。

1時間半ほどで出雲”縁結び”空港に着陸。天候によっては戻るなどの条件付き運航だっただけに、着陸したら全然雪がなく拍子抜けした。
松江201201-5
車で30分ほどの松江市内へと向かう。

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2012年 志賀高原スキー

年末年始に行った志賀高原。
志賀高原スキー201201-3
iPhone4Sで撮ったこの写真には高さの情報がついていて2008mだった。どうやって測定しているのかわからないけどかなり正確だと思う。

大晦日と元旦は絶好のスキー日和。
志賀高原スキー201201-7
天気の割にはそれほど気温が上がらなかったので雪質も最高
志賀高原スキー201201-4
ゲレンデ案内板にビューポイントと書いてあった場所。
志賀高原スキー201201-9
遠くに北アルプスが見える。
この場所は夕陽もきれいだ。
志賀高原スキー201201-12
これは2011年の大晦日の夕陽。
志賀高原スキー201201-13
きれいに並んだ白樺。1年の締めくくりにピッタリのイメージ。
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本年もよろしくお願いします 2012年 元旦

2012年元旦

旧年中は大変お世話になりました。
本年も「ちびたのきまぐれ日記」をよろしくお願いします。
もう1つのブログ「ちびたのはぐれもの写真」もあわせてよろしくお願いします。

※これは予約投稿です

2011年後出し写真 横浜中華街 関帝廟

今年の10月は散歩写真がたくさんで、中華街に行った時の写真を出しそびれていた。ということでまたまたブログでお世話になっているbabathegiantさんのつながり企画「2011年後出し写真」に参加。
中華街201110-10
秋らしい天気なので、横浜の港を見て中華街で何か食べようなんて思い立ったのが10月の体育の日の3連休。しかし悪い日に思い立ってしまったようで、横浜山下公園や中華街周辺は人が一杯。そうなると当然駐車場も一杯
中華街201110-12

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iPhoneで撮った写真  「ぺるそね」で消費者分析をしてみる

デジカメを持ち歩かなくても気軽にしかもしっかり撮れるのがiPhone4Sの便利なところ。
iPhone写真201112-1
水たまりに写った高幡不動尊の五重塔もしっかりと。
iPhone写真201112-2
高幡不動尊の前にこの赤い「誠」があるのは前から知ってはいたが、各隊士の詩歌があったことにこの写真を撮ってから気がついた。
iPhone写真201112-3
きれいに撮れるだけでなくアプリで撮った写真を簡単に加工できるのも面白い。
iPhone写真201112-5
普段見ている土方さんの像もちょっと違った雰囲気になる。
AE/AFロック機能を使えば背景が明るい場面もちゃんと撮れるしね。
iPhone写真201112-4
暗い場面にも結構強くて夜の東京タワーもこんな感じ。
交差点で信号待ちしている時に撮ったのでもちろん手持ち写真。
iPhone写真東京タワー
ところで、iPhoneユーザの中で自分の趣味は写真だと思っている人って、どれくらいいるのかを知ることができたら楽しいだろうなぁなんて思ったことありませんか?

それを簡単に調べることができる消費者分析ツールがこの「ぺるそね」
ぺるそねTOP
「ぺるそね」についての詳細はここを「ぺるそねとは」

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沖縄 由布島の花

由布島の花201108-8
3連休なのに太平洋でトロトロしている2つの台風からの湿った空気の影響いま今ひとつの天気。
せっかくなので青空とハイビスカスで気分だけでも夏に・・・もう夏は終わりだけど。

今回は由布島の花。由布島のシンボル、水牛とハイビスカス。
由布島の花201108-4
由布島は西表島に隣接する砂が堆積してできた周囲2km、標高1.5mの島。
島全体が植物園のようなもので、今回は名前がわかった花だけをアップしてみた。島に渡る光景などについては8月のブログ記事「2011年沖縄 由布島」を見てね

今回は写真が多いので、ここで区切って・・・続きを読む

雑草と呼ばれる河川敷の地味な花たち

春先の頃はまだ一面が若い緑色の短い草に被われただけの状態だったが、梅雨時にはこれらの草が一気に育ってまさに草ボーボーの河川敷になる。

そんな河川敷を散歩していて見つけた、あまり名を知られることなく十把一絡げに雑草と呼ばれている花たち。なんとか名前を調べてみたけど間違えがあるかもしれない
河川敷の花201106-2
雑草がたくさん生えている河川敷にこういう黄色い部分がパラパラとある。
河川敷の花201106-3
よ〜くみると、なかなかきれいな花と葉っぱ、これは多肉ちゃん(多肉植物)じゃないかな
河川敷の花201106-4
ベンケイソウ科のマンネングサ(万年草)の仲間らしい。

これも雑草と呼ぶにはこまやかで可憐な花、マメ科のコメツブクサ(米粒詰草)。
河川敷の花201106-5
名前に詰草とあるようにシロツメクサ(白詰草)やアカツメクサ(赤詰草)の仲間。

こちらがアカツメクサ(赤詰草)、この花はよく見るね。
河川敷の花201106-9

これはカタバミの仲間。ベニカタバミかイモカタバミだろう。
河川敷の花201106-6

この花もなかなかきれいな花、アヤメ科のニワゼキショウ(庭石菖)、別名ナンキンアヤメ(南京文目)というようだ。
河川敷の花201106-8
紫も白もニワゼキショウのようだが、白と花びらの中央部分だけが紫になっていてなかなかいい色あい。それもそのはず、北アメリカ原産のこの花は観賞用として明治時代に輸入されて帰化したようだ

この花はシベのように見える部分が特徴的だけど名前がわからなかった
河川敷の花201106-7
この花はキキョウ科のキキョウソウのようです。マッチャさん、いつもありがとうございます

これはこの時期によく見かける、オオバコ科のヘラオオバコ(箆大葉子)
河川敷の花201106-11
下から順番に白い小さな花をさかせる、ちょっと変わった感じの花。

黄色くてよく目立つ花、キク科のオオキンケイギク(大金鶏菊)
河川敷の花201106-10
遠目に見かけたときはキバナコスモスかキクイモだと思って撮ったけど、近寄って撮ってみたらちょっと違っていた。
河川敷の花201106-1
黄金色の美しい花の姿から金鶏というきれいな鳥を想像して命名されたそうだが、繁殖力が強く特定外来生物として指定されて栽培などが禁止されている。
これも北アメリカ原産で明治時代に観賞用として輸入されたようだけど、ニワゼキショウと違って特定外来生物に指定・・・人間の勝手とはいえ、いろいろ難しいね。

ちょっとタンポポに似たこの花はキク科のブタナ(豚菜)。河川敷の花201106-13
豚菜って漢字で書くと中華料理のようだが、ちょっとかわいそうな名前だよね。豚が好んで食べることからフランスの俗名が「ブタのサラダ」、これをそのまま訳したものだそうだ。中華料理じゃなかった・・・
河川敷の花201106-12
タンポポモドキとも呼ばれるだけあって花だけ見るとタンポポに似ているけど、ひょろひょろと背が高い花。

これは本物のタンポポの綿毛。なんか帽子をかぶっているようでかわいい
河川敷の花201106-14
「雑草という名前の草はない」という言葉をどこかで聞いた記憶があった。調べて見ると昭和天皇のお言葉なんだそうだが、こうして河川敷を散歩するだけで本当にこのお言葉通りだと思える。

何の取り柄も特徴もないという意味で「雑草」という表現は、人や物を悪くいうことに良く用いられてきたが、最近は必ずしもそうではなく、どのような環境でも適応して強くしぶとく生きるもののたとえとして、悪くない表現に用いられることの方が増えてきたように感じる

それに引きかえ「馬の骨」は、昔から変わらず、素性のわからないモノをあざけっていう言葉。「サンデーサイレンス」や「ディープインパクト」の馬の骨なんか、素性(血統)は明確だしすごく価値が出るのではないかと思うが、それはまた違う話だね

(撮影 2011年6月)
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眠っている機材(Canon AE-1)

今回の眠っている機材は1970年代後半、「連写一眼」のキャッチフレーズで売り出された一眼レフカメラ、キヤノンAE-1。私が高校生の頃に親が買ったカメラなのでたぶん1978年頃のカメラ、もう30年以上も前なんだね。親が買ったけどほとんど私が自分のものとして使っていた

いつもブログでお世話になっているbabathegiantさんの、つながり企画「眠っている機材」の記事にするために、久しぶりに触ってみたら、記憶していたよりもずっと軽くて小型だった。登山に持って行くときはこれでも重いと思ったんだけどね。
キヤノンAE-1
このキヤノンAE-1は速度優先AEとマニュアルの2モードを持つ。いわゆるAUTOモード(プログラムAE)は1981年に出るこのAE-1の改良型AE-1+P(プラスプログラム)にならないと搭載されない。
速度優先AEモードとは動きある被写体を撮るのに強いとされ、シャッター速度を決めると最適な絞りに自動的に設定されるモード。

このカメラから一眼レフを使い始めた私は、常にシャッター速度と絞り値の関係を頭に入れつつ写真を撮ることになったが、この習慣がいまでも役に立っている。ちょっと大袈裟に言えば、いまでも私が写真を撮り続けていられるのは、このカメラのおかげかもしれない。

キヤノンの標準ズーム(35-70mm)と交換レンズとしてタムロンの望遠ズーム(85-210mm)が1本。
キヤノンAE-1
キヤノンにするかニコンにするか、ここがいま現在にまで影響する大きな分岐点になったわけだが、当時キヤノンを使っていて、この機種をすすめてくれた中学・高校時代の友人は、いまは自宅兼スタジオを持つプロのカメラマンになっている。

このカメラで撮った写真を探したら、撮影した時の日時やシャッター速度などのメモと一緒にスライド(リバーサル・フィルム)の一部が見つかった
リバーサルフィルム
東洋現像所(現 株式会社IMAGICA)がちょっと懐かしい。

複合プリンタ(キヤノンのMP-980)のスライドやネガフイルムのスキャン機能を使って何枚かデジタルにしてみた。

これは1981年(昭和56年)7月に撮った四国沖の太平洋上の雲。

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なぜ四国沖かというと、海洋水質調査のアルバイトで本州沿岸を一周する船に乗った時に撮った写真だから。下も同じく四国沖の夕陽。

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この写真には撮影メモが残っていた。1981年7月10日、S1/250、F5.6。たぶんクロススクリーンフィルタを使っていると思う。

わかりづらいけど、この積乱雲の下は強い雨が降っていて、この雲の下に船が入るとシャワーを浴びたようになる。1981年7月10日、S1/250、F18

198107-1



次は山の写真。当時は人の少ない南アルプスに好んで登っていた。1981年5月に南アルプス、鳳凰三山から甲斐駒ヶ岳まで縦走した時の写真。
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たぶん鳳凰三山の登り口、夜叉神峠からみた白峰三山(左から農鳥岳3025m、間ノ岳3189m、北岳3193m)。

同じところからタムロンの望遠ズームで撮った北岳(バットレス)。この北岳は日本で2番目に高い山。ちなみに3番目が奥穂高岳(3190m)。

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南アルプスの中でも北岳が特に好きで3回ほど登ったが、正月に吊り尾根から白峰三山を縦走して奈良田に降りたのが、一番楽しい冬山登山の思い出。

富士山と日の出を撮りたくて正月に南アルプス甲斐駒ヶ岳(2967m)に登って初日の出を撮ったこともある。
1982年(昭和57年)の1月1日、まだ夜明け前。
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当たり前だけど厳冬期のアルプスは寒い。もって行った温度計(氷点下20度まで)よりもさらに低い気温の中、じっと待ってやっと太陽が昇ってきたところ。
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このキヤノンAE-1は電子シャッターになっているので、電池がないとマニュアルモードでもシャッタが切れない。冬山では寒さで電池がすぐにダメになるので、電池を3つ持っていき、2つをダウンジャケットの内ポケットで暖めて、電圧が低下したら交換することを繰り返しながら撮った。

これは日の出から少したった頃だろう。遠くに薄く見える富士山の手前右横、山頂に尖った岩が写っているのが、鳳凰三山地蔵岳(2764m)のオベリスク。
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この正月登山は初めて1人で登った。誰もいない冬期小屋の中に貼った小さなテントの中で大晦日の紅白歌合戦をラジオで聞いたとき、ものすごい寂しさと怖さを感じた。初日の出を撮るためとはいえ、なんてバカなことをしているんだろうと後悔した。この時の感覚はいまでも思い出せるぐらい。

この1981年は何度も調査船に乗っていて、8月から10月にかけて、アルバイトで南太平洋に行く海洋地質調査(GH81-4)の船に乗った。以下はその時の写真。

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上も下も南太平洋に沈む夕陽。どこが南太平洋なんだ?と聞かれても海に違いはないけど・・・

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36枚全部がこんな夕陽だったりするので、よほど夕陽がお気に入りだったんだろう。
ちなみに今回見つかったスライドの中に花の写真は1枚もなかった・・・

日付変更線と赤道を越え約2ヶ月間の調査航海の間で3日間ほどアメリカンサモア(アメリカ領サモア又は東サモア)のパゴパゴ港に停泊した。

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乗っていた調査船は白嶺丸という船だけど、この写真の船だったかな。長く乗っていたが、船体をじっくり見た記憶がない

特に何もない島だったけど南半球の島なんて滅多に行く機会がないので、いろいろ回ったような記憶がある。

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島の中はこんなピックアップトラックの荷台に座席を乗せたようなバスで巡った。
ここは火山島でその山の頂上付近までロープーウェイで上ることができた。ちょっと虹が写っている。

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ここを出港する日は持っていた小銭を全部お菓子にかえて船に戻った。船の中は免税で買える酒類はたくさんあったけど、チョコレートなんかがあまりなかった。

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約60日間、太平洋で過ごした船の中の生活。最初は船酔いするけど、ほとんどの人は3、4日ほどで慣れるから不思議。常に船のエンジンの音がする船室で寝起きしていたから、船から降りて自宅に帰った最初の夜はその静かさが気になって眠れなかった。

今回は「眠っている機材」というよりも「眠っている写真と記憶」になってしまった。もう30年も前の話、AE-1も電池を入れたらちゃんと動くかな

このような機会を与えてくれたbabathegiantさんの、つながり企画に感謝したい。

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眠っている機材(SONY デジタルマビカ)

このところ高幡不動尊のあじさいの様子ばかりが続いているので、ちょっと趣の変わった記事

私が始めて買ったデジカメがこれ。眠っている機材というよりは、もう使うことがない機材。1997年に発売されたソニーのデジタル・マビカ(Digital Mavica)の初期バージョン。
これは固定焦点の廉価版MVC-FD5、10倍ズームの上位機種MVC-FD7も出ていたけど高くて買えなかったんだと思う。
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3.5インチフロッピーディスクを記録媒体に使ったちょっと異色のデジカメ。
41万画素、640×480ドットのJPEGファイルが1.44MB のフロッピーディスク1枚に20〜40枚ぐらい記録できた。
フロッピーディスクは記録媒体兼パソコン転送用として当時すごく便利だった。いまだともうフロッピーディスクドライブどころか、ディスクも滅多に見ない。マビカ-2
写真を撮ると、手に持ったデジカメからフロッピーディスクに書き込むガチャガチャとしたメカニカルな振動が伝わってくるのがすごく面白かった

以下は1998年にこれを持って米サン・マイクロシステムズ(Sun Microsystems)が開催した新型サーバー機(E10K Starfire)のカンファレンスに行った時の写真。
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会社というより大学のキャンパスみたいなところ。
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このサンマイクロシステムズの敷地内にあったJavaカフェ。当時はJavaがブームだった。
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メニューらしきモノを撮っていた。でも何が書いてあるのがわかるほどの力はない。力=写真の解像度又は英語の読解力
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シリコンバレーの中をいろいろ回ったが、これはスタンフォード大学内だと思う。
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ここはサン・マイクロシステムズの創始者スコット・マクネリが卒業した大学。SUNはStanford University Networkに由来する。BSD UNIXを開発していた創立メンバーのビル・ジョイはカルフォルニア大学バークレー校(UCB)出身。

Sun-4やSPARCstationで一時代を築いたサン・マイクロシステムズは少し前にOracleに買収されてしまった。私が仕事で最初に使ったコンピュータ(VAX-11)のDEC(ディジタル・イクイップメント)もコンパックに買収され、その後コンパックがHPに買収された。いろいろ動きの激しい業界だったね(^^;)

サンフランシスコの市内。路面電車が方向転換するところ。
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車両の横に白い柱があってつかまることができるようになっているが、ここは立ち乗りする部分で、ここに乗って、下の坂道の写真を撮ったような記憶がある。
マビカ-5
とてもすごくスリリングな乗り心地で、写真を撮っていて運転手に何か言われた(怒られた?)ような気がする。

これはフイッシャーマンズワーフ。サンフランシコと言えば、フイッシャーマンズワーフと金門橋(ゴールデンゲートブリッジ)。
一応仕事で行ったこともあって、何を食べたかはもちろんのこと、どんなところだったかすらもほとんど覚えていない
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金門橋(ゴールデンゲートブリッジ)に行ったのも夜だったので、写真は撮ったけど、真っ暗でほとんど何も写っていない。

今回デジタルマビカの写真として、このサンフランシスコの写真をアップしたのは人のいない風景の写真はこの時しか撮っていないから。デジタルマビカで撮った写真が数百枚あるけど、残りの写真はすべて人物を撮っている。

まだデジカメがそれほど普及しているわけではなく、41万画素とはいえ撮った写真でプリクラを作って子供の友達に配るとすごく喜ばれたいい時代だった。
逆に、この41万画素では、きれいな花や風景を撮ろうという気にならなかったんだろうね。

この記事はbabathegiantさんの、つながり企画「眠っている機材」に参加しています。

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三重県伊賀の旅 上野城

伊賀の旅なんていうタイトルにしたけど、母の三回忌で三重県に行った。タイトルに三回忌っていうのも・・・と思って三重県伊賀の旅(^^;)

東京を法要の前日に出て、中央自動車道・名古屋第二環状自動車道(名二環)・伊勢湾岸自動車道を通って四日市インターまで高速を走り、夜は湯の山温泉にて泊。
伊賀上野201105-1
泊まったのは湯の山の片岡温泉という、源泉かけ流しが自慢の日帰り入浴施設に素泊まりできる部屋が2階に4部屋のみあるという宿。
日帰りなのに泊まれる部屋があるというのもなんか変な感じだけど、部屋も設備もなかなかきれい。すぐ脇を名鉄湯の山線が通っているので、朝から電車の音で目がさめる。そんなの気にせずまた寝るけどね(^^;)

津市内で無事母の三回忌法要を終えて、そのまま帰京せず名阪国道を走って伊賀上野に向かった
始めて走る名阪国道。自動車専用道路で60K制限なんだけど、走っている速度はほとんど高速道路なみ。
途中、覆面パトカーらしき車を何台かみかけたが、この道路で捕まったら怖いね。東京で言えば、第三京浜か保土ヶ谷バイパスって感じ。
伊賀上野201105-2
さすが忍者の里らしい。これはトイレの屋根なんだけどね

関西生まれではあるけど、東京に長く住んでいると、やはり「上野」は動物園や不忍池がある東京の上野をイメージしてしまう。
伊賀上野201105-5
西郷さんの銅像はどこかな?なんて冗談いいながら歩く。
石垣などいろいろなところでツツジがきれいに咲いていた。
伊賀上野201105-4
この上野城の天守閣は昭和に復興され藤堂藩ゆかりのものが展示されているらしいんだけど、訪れた時にはもう見学時間が終わっていた。
伊賀上野201105-6
実は駐車場に入るときに、もう施設の見学時間は終わっていることを告げられたが、せっかく来たのでお城の周囲を散策すると言ったら駐車場代はいらないと言ってくれた。
車のナンバー(八王子ナンバー)をみてどっから来たんだ?っていう顔していたけど、親切なところだ。さすがご先祖さんが生活していた(であろう)場所なだけある

上野城に来るまで知らなかったが、ここは高い石垣があるらしい。
伊賀上野201105-9
この看板の「日本一・二の高さで」というちょっと控えめの表現がいい。観光地ならば「日本一」とか「日本最大級」とか書きたくなるところだろう。
伊賀上野201105-8
ここは本当に危険で特に柵などなく、この先がいきなり石垣になっている。
伊賀上野201105-14
確かに高い。下の写真に写っている人間から高さが少しわかるかな。
伊賀上野201105-7
ここの高石垣は大阪城の高石垣と日本一・二を競うらしく、高さは29.7mだそうだ。なるほど看板の控えめな表現は豊臣家の城、大阪城に遠慮したからかな(大阪城は30mらしい)。

これはお城のある公園(上野公園)のとなりにある小学校の壁。
伊賀上野201105-3
さすが、伊賀上野らしい雰囲気の壁にしているなぁって思ったら校舎もすごい。
伊賀上野201105-10
なんかいい感じの校舎だ
伊賀上野201105-12
伊賀市立となっているが、2004年に周辺の3町2村と合併するまでは上野市だったそうだ。
伊賀上野201105-11
なぜ知名度が高い「伊賀上野市」にならなかったんだろう?
市名の全国公募の結果は1位が「伊賀市」、2位が「伊賀上野市」、3位が「いが市」だったそうだが、全国公募ではなく住民に聞いてみた方がいいような気がする。
実際、「伊賀市」ではなく「伊賀上野市」にしたいという住民による署名運動にまでなったそうだ

この旅の最後に立ち寄ったJRの駅。
伊賀上野201105-13
三脚を立てて家族4人で記念撮影

帰路は18時すぎに亀山JCTあたりで渋滞に巻き込まれたり、カーナビには名二環の一部がなかったこともあって進路を間違えてしまい、名古屋の守山あたりで一度一般道に降りたりなど時間を無駄にした。
でも名二環を使うことで伊勢湾から中央高速への向かう道のりが、かなり便利になったからいいかな(^^)

遅めの夕食を諏訪湖の夜景を見ながら食べて、自宅には23時30分に無事到着。いつものことながら帰りの運転って行きよりも数倍疲れる

(撮影 2011年5月)
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散歩道からの富士山

このところ同じような写真が続いているので、今回は趣を少し変えて夕方の富士山

ある風が強い日の夕方、かなり晴れているのでひょっとしたらきれいな夕日と富士山が撮れるかもしれないので、PENTAX K-5でどれくらい夕景が撮れるかのチェックをかねて出かけてみた。
昨年何度か夕景を撮ったPENTAX K-7だとISO800以上になると画質がかなり落ちるので、三脚を使って撮っていたが、今回はK-5の高感度性能に期待して三脚はなしで撮ってみることにした
富士山201102-3
普段の散歩道でもある河川敷に行ってみると、東の空には真ん丸お月さんが

すでに太陽は沈んでいたちょっと出るのが遅かったかも
富士山201102-4
この写真でISO3200。ISO3200だとF4.0でシャッター速度が1/25なので、手持ちでもそれほどブレが目立たない。K-7で手持ちだとISO800で撮ってブレブレ写真になったかもしれない。

よくブログにアップする写真だけど、浅川にかかる万願寺ふれあい橋と富士山がこんな感じに見える場所。
富士山201102-2
この日の富士山はこんな感じ。ふれあい橋も少しライトアップされている。
富士山201102-5
今回はJPEG+RAWで撮って、RAWファイルを現像加工してアップしているが、JPEGファイルだと下のような写真。
富士山201102-6
ブログにアップするサイズにするといまひとつ違いがはっきりしないね
原版だと手間をかけただけあってRAWファイルを現像した方がノイズが少ない。JPEGは暗部補正などをONにして撮ってしまったため全体的に明るく撮れて余計にノイズが目立ってしまっているのかもしれない。

がんばって息を止めて風がやむ瞬間を待って目一杯のアップを撮った。なかなか風がやまないと窒息しそう・・・
富士山201102-7
ISO3200でF5.6、SS1/10。望遠300mm(35mm版換算465mm)で1/10はちょっときつかった。昼間だとこんな感じに見える
富士山201102-1
当たり前だけどまったく同じ風景だ
同じ場面をISO6400でも撮ってみたけど、夕日の空はちょっとノイズが目立つからだめだった。

帰りに撮ったモノレール。ここまで暗くなるとISO6400。
富士山201102-8
もう一度西の方を振り返ってみるともう富士山も夜に消えて行くところ。普段は望遠で撮った写真をアップしているので、富士山が近いように見えるけど実際はこんな感じ
富士山201102-9
ISO6400だとかなりノイズがあるけど、ここまで暗いとまぁいかなって感じ。
富士山201102-10
さあ、帰ろう
一生懸命富士山を撮っていたので、ここまであまり寒さを感じなかったが、帰路についた途端、すごい寒さを感じた

夕景を撮る場合K-5でISO3200までは使えようだ(私の感覚)。これで三脚を使わずに夕景を撮れる場面が増えるのがうれしい。

実は買ったばかりのK-5はいま入院中。上から3枚目の富士山の左上にポツンと1つ小さなシミが見えるが、このシミはF9.0あたりでうっすら見え始めてF14ぐらいでしっかり見えるようになる
(追記)幸い上記のシミはペンタックスフォーラムでの清掃できれいになったと連絡がありました

(撮影 2011年2月)
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雪の週末に沖縄の写真でも

沖縄201008-12
東京都心でもうっすら雪が積る週末
こんな日には沖縄の暖かい景色と南国の花の写真で目だけでも暖かに

石垣島川平湾のグラスボート乗り場の様子。冬はどんな風景になっているんだろうね
沖縄201008-11

南国の花と言えばこのハイビスカス
沖縄201008-8
八重咲きの花はなんだか柔らかそう。
沖縄201008-5

青空とブーゲンビリア、オシロイバナ科。ちょっとオシロイバナに似ているかも。
沖縄201008-10
ブーゲンビリアの伝説っていう映画があったような気がして検索したらなかった。プルメリアの伝説だった

この色はトロピカルだ、食べものだったらきっと美味しいだろうね
沖縄201008-9
なんでも食べ物に見ないように・・・

サンタンカ(山丹花)、アカネ(茜)科。
沖縄201008-7
アカネ科ってあまり聞かないけど、コーヒーの木がアカネ科なんだそうだ。毎朝お世話になっています

アラマンダ、キョウチクトウ科。
沖縄201008-6
いま見ると黄色い花に元気をもらえる感じだけど、写真を撮った時は暑くてそれどころではなかったかも

石垣空港。ジェットエンジンって正面から見たら真円じゃないんだね。
沖縄201008-4
本当は真円だったんだけどゴツンとぶつけたみたいないびつな形
沖縄201008-3
これは宮古島の北部と池間島。サンゴ礁の部分がきれいに見えている。
沖縄201008-2
宮古島には30年前に那覇から乗った石垣島行きの船が1時間ほど停泊した時に少し上陸したことがあるだけ、1度ちゃんと訪れたい島だ

石垣島で買ったお土産、泡盛ゼリー。
沖縄201008-1
食べようとすると泡盛の匂いがして、口の中に入れるとザクザクした食感のゼリーで、ほんのり甘いけど後味が泡盛。独特な大人のデザート

雪国の人にしてみれば、東京っていつもこの程度の雪で大騒ぎだって思うでしょうね。確かにその通り
人も建物も道も何もかも密集しているので、ちょっと普段と違う状態になると、それがネックに滞りが生じて、その影響がまさに雪だるま状に膨らんでしまうのです。
明日は仕事。朝、電車がちゃんと動いてくれていますように

(撮影 2010年8月)
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高尾山 天狗信仰の山

今回は高尾山薬王院と天狗についてを紹介記事風に
高尾山大天狗小天狗2010-11

高尾山は、東京都心から電車で約1時間と交通の便が良く、2007年にミシュランガイドで最高ランクの三つ星の観光地に選出されるなどにより東京近郊の行楽地としてすごく有名になっているが、古来からの修験道の霊場であり、現在は真言宗智山派大本山高尾山薬王院有喜寺の寺域となっている。

薬王院の入り口にあたる浄心門。霊気満山の額が目を引く
高尾山大天狗小天狗2010-12
高尾山は修験道根本道場として山伏修行が随時行われ、昔は山伏が深山幽谷に籠もって難行苦行を重ね、やがて高尾山の霊気と融合して、呪力、験力を体得して大先達となり、遂に天狗の名のもとに神として祀られたことから高尾山が天狗信仰の山とされた。

薬王院の四天王門。ここから先は境内という感じがする
高尾山大天狗小天狗2010-13
薬王院は今から約1200年前に開山された真言宗智山派の寺院で、正式には「高尾山薬王院有喜寺」といい、現在は成田山新勝寺、川崎大師平間寺とともに真言宗智山派の三大本山として広く知られている
御本尊は「飯縄大権現」。不動明王の化身で、五つの相を併せ持ったお姿が特徴。

飯縄大権現は長野県の飯縄山(飯綱山)に対する山岳信仰が発祥と考えられる神。天狗は飯縄大権現の随身として、除災開運、災厄消除、招福万来など、衆生救済の利益を施す力を持ち、古来より神通力をもつとされ、多くの天狗伝説や天狗信仰がある

そのため、高尾山は薬王院のご本尊である飯縄信仰と共に天狗信仰の霊山としても知られていて、迦葉山(群馬県沼田市)、 鞍馬山(京都市左京区)と共に日本三大天狗(山)とされている。高尾山大天狗小天狗2010-1
四天王門すぐそばの大天狗小天狗像。これは比較的新しい。
高尾山大天狗小天狗2010-9
上が大天狗、下が小天狗
高尾山大天狗小天狗2010-8
天狗(てんぐ)とは、日本の民間信仰において伝承される神や妖怪ともいわれる伝説上の生き物。
もともと天狗は日本古来の山岳信仰と天台・真言密教両宗に関係があり厳しい山での修行をきわめ、抜群の呪力・霊力を得た実在の人物が、山に対する神秘感と畏怖感から、里人によって天狗として祀りあげたものとする説もある

薬王院本堂前の大天狗
高尾山大天狗小天狗2010-4
同じく小天狗
高尾山大天狗小天狗2010-5
厳しい修行をする山伏の姿が天狗と同一視されることが多く、鎌倉時代になると、修験道の修験僧(山伏)をも天狗と呼ぶようになったため、天狗の一般的な姿は修験者の様相で、翼があり空中を飛翔するとされる

このうち、鼻の高いのを「大天狗」あるいは「鼻高天狗」、鼻先が尖ったのは「小天狗」あるいは「烏天狗」と呼ばれる。

本堂正面右に大天狗のお面
高尾山大天狗小天狗2010-7
同じく本堂正面左に小天狗のお面
高尾山大天狗小天狗2010-6

薬王院奥殿前の大天狗。このアングルの写真は良く見る
高尾山大天狗小天狗2010-3
大天狗(おおてんぐ、だいてんぐ)は真っ赤な顔と高い鼻、団扇を持った姿。手にした団扇によって強力な颶風を起こし、その神通力で開運をもたらすと言われている。

薬王院奥殿前の小天狗
高尾山大天狗小天狗2010-2
小天狗または烏天狗(からすてんぐ)は青い烏のような嘴をした顔、黒い羽毛に覆われた体を持ち、剣を構えた姿。その剣で魔を断つと言われている。

番外編、途中の茶店前の大天狗、小天狗
高尾山大天狗小天狗2010-10
このお店のソフトクリームはケーキの生クリームをそのままソフトに凍らせた感じで大変美味しかった。
やっぱり最後は美味しい食べ物だよね。

(撮影 2010年8月)
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高尾山 精進料理

高尾山精進料理2010-11
久しぶりの高尾山。「霊気満山」と書かれたこの浄心門を見ると高尾山が修験道の修行の場所なんだなぁって思う。

高尾山精進料理2010-10
四天王門をくぐって大小天狗像の前を通る。上ると本堂に続く階段は登らず、お参りもせずに薬王院の客殿という建物に向かう
高尾山精進料理2010-5
ここに入るのは初めて
奥にはこんな素敵な建物があった。これは目的の客殿ではないけど・・・
高尾山精進料理2010-3

今回、高尾山に来たのはこれを食べるため。体重が減らないなんていいながらもやっぱり食べ物だ
高尾山精進料理2010-9
高尾山薬王院では精進料理を食べることができるが事前の予約が必要。でもこの「小天狗膳」は8月31日まで予約なしでOK

客殿2階のこんな静かな部屋に通される。予約する精進料理は個室だけど、「小天狗膳」はこの大部屋になるそうだ。
高尾山精進料理2010-8
しばらくして出て来たのがこれ
高尾山精進料理2010-7
胡麻豆腐と生芋刺身こんにゃく。
高尾山精進料理2010-17
青紅葉冬瓜、小天狗高野豆腐、巻湯葉、小天狗や紅葉など小技がいいね。
高尾山精進料理2010-6
そばと夏野菜の天ぷらが思ったよりも食べ応えがあって、結構満腹感がある

8月31日までの期間限定ものを終わってから紹介するんじゃないって
ご安心を、次は10月9日〜11月30日の予定で、秋の精進料理「もみじ膳」が予約なしで食べることができるそうだ

食事のあとは、薬王院のご本堂、ご本社、奥の院とお参りしながら、高尾山山頂まで登った。わずか600mほどの山だけど、木陰では涼しい風を感じることができた。高尾山精進料理2010-4
山頂の展望台。残念ながら富士山は見えず
高尾山精進料理2010-12

この時期に富士の姿を見るのはなかなか厳しいなと言われたような
高尾山精進料理2010-15
客殿の玄関に置いてあった天狗人形。大天狗なんだけど、ちょっとかわいい

今回は行きも帰りもケーブルカーに乗った。この暑さの中で食事のために山を登のはちょっと苦しい。
高尾山精進料理2010-16

高尾山駅のケーブルカーのホームの先はすぐにトンネルになっている。ここを自転車か何かで一気に下ったらすごいだろうな・・・
高尾山精進料理2010-14
今年初めての高尾山は美味しい散歩になった

もう少し涼しくなってからまた訪れたいけど、最近の高尾山はすごく人が多いからね。秋の精進料理「もみじ膳」を食べるのは大変かも

(撮影 2010年8月)
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伊勢の名物

伊勢の名物といえば赤福餅が思い浮かぶ。テレビコマーシャルの影響かな

その赤福の本店。伊勢神宮内宮の門前町であるおはらい町の真ん中辺りにある
伊勢の名物-4
本店に入ろうとしたら、ここでは赤福は食べられるが赤福氷は食べることができないとのこと。赤福氷は本店の向かいにある別店舗で食べることができるそうだ。

おはらい町は時代劇のオープンセットみたい。新しいような古いようななんだか不思議な町並み
伊勢の名物-5
それもそのはず、江戸時代に栄えたこのおはらい町を再生するために1990年代に整備された古くて新しい町並みだった。この整備の中心的な動きをしたのが赤福らしい

さらに赤福は日本各地のまちづくりを視察して、伊勢神宮へのおかげ参りブームに沸いた江戸時代の町並みを再現した「おかげ横丁」を開業し、子会社の伊勢福が運営しているそうだ

その、おかげ横丁で食べた赤福氷
伊勢の名物-7
この写真だと普通の抹茶氷にしか見えないけど、氷の中に赤福餅の餅と餡が別々に入っている。てっきり赤福餅がそのまま入っているものだと思っていた。
伊勢の名物-8
この日は暑かったこともあってとってもおいしゅーございました

生姜糖も古くからある伊勢のお土産の定番。修学旅行でもお土産に買って帰った
伊勢の名物-6
岩戸屋のお土産袋には「福喜多留」の文字、生姜糖も「笑が十」と書かれている。縁起ものだね

昨年、赤福餅とよく似た御福餅を買って食べた時の記事がこらちにあるが、御福餅の本家(本店)が二見浦にあった。この店舗も古いようで新しい造り。伊勢の名物-1
二見浦にある二見興玉神社の天の岩屋に祀られる神のアマノウズメノミコト(天鈿女命)の通称が「御福さん」であることが「御福餅」の名前の由来だそうだ

ここで買った御福MAC(マック)とはMACは「Merchant Adzuki Beans Candy」の頭文字をとったものだそうだが、ちょっと強引なマックだ
伊勢の名物-3
名前はマックだけど中身は普通のあずきバーだった

この御福餅本家のすぐ隣には赤福の二見支店。しっかりマークしているね
伊勢の名物-2

最後は伊勢の名物かどうかは不明だけど、帰りに乗った伊勢湾フェリー
伊勢の名物-9
確かに東京方面には間違いないけど、まだまだかなり遠いよ・・・
伊勢の名物-10
三重県の鳥羽をあとに愛知県の渥美半島にある伊良湖岬を目指す約1時間の船旅。伊勢湾をぐるりと回ることを考えると走行距離の短縮にはなるけれども、車1台4人家族で1万円ほどかかるのは微妙な金額

船室で寝ていたら船に並んでイルカが泳いでいるという船内アナウンスがあった
伊勢の名物-11
寝ぼけまなこで撮ったら設定をミスって遅いシャッター速度になってしまったが、なんかこれも動きがあって面白いので、この写真を採用

14時10分に鳥羽を出港、15時すぎに伊良湖に到着。そこから一般道を走ること2時間弱、東名高速に浜松ICから入ったのが17時頃。この時カーナビには21時すぎに帰宅できると表示されていたが、菊川付近の事故渋滞で御殿場を越えたのが20時すぎ。さらに横浜町田IC手前の事故渋滞を回避するために厚木ICから一般道で帰ったこともあって、帰宅は23時半近くになってしまった。やっぱり三重は遠い

(撮影 2010年5月)
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