今回の眠っている機材は1970年代後半、「連写一眼」のキャッチフレーズで売り出された一眼レフカメラ、キヤノンAE-1。私が高校生の頃に親が買ったカメラなのでたぶん1978年頃のカメラ、もう30年以上も前なんだね。親が買ったけどほとんど私が自分のものとして使っていた

いつもブログでお世話になっているbabathegiantさんの、つながり企画「眠っている機材」の記事にするために、久しぶりに触ってみたら、記憶していたよりもずっと軽くて小型だった。登山に持って行くときはこれでも重いと思ったんだけどね。
キヤノンAE-1
このキヤノンAE-1は速度優先AEとマニュアルの2モードを持つ。いわゆるAUTOモード(プログラムAE)は1981年に出るこのAE-1の改良型AE-1+P(プラスプログラム)にならないと搭載されない。
速度優先AEモードとは動きある被写体を撮るのに強いとされ、シャッター速度を決めると最適な絞りに自動的に設定されるモード。

このカメラから一眼レフを使い始めた私は、常にシャッター速度と絞り値の関係を頭に入れつつ写真を撮ることになったが、この習慣がいまでも役に立っている。ちょっと大袈裟に言えば、いまでも私が写真を撮り続けていられるのは、このカメラのおかげかもしれない。

キヤノンの標準ズーム(35-70mm)と交換レンズとしてタムロンの望遠ズーム(85-210mm)が1本。
キヤノンAE-1
キヤノンにするかニコンにするか、ここがいま現在にまで影響する大きな分岐点になったわけだが、当時キヤノンを使っていて、この機種をすすめてくれた中学・高校時代の友人は、いまは自宅兼スタジオを持つプロのカメラマンになっている。

このカメラで撮った写真を探したら、撮影した時の日時やシャッター速度などのメモと一緒にスライド(リバーサル・フィルム)の一部が見つかった
リバーサルフィルム
東洋現像所(現 株式会社IMAGICA)がちょっと懐かしい。

複合プリンタ(キヤノンのMP-980)のスライドやネガフイルムのスキャン機能を使って何枚かデジタルにしてみた。

これは1981年(昭和56年)7月に撮った四国沖の太平洋上の雲。

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なぜ四国沖かというと、海洋水質調査のアルバイトで本州沿岸を一周する船に乗った時に撮った写真だから。下も同じく四国沖の夕陽。

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この写真には撮影メモが残っていた。1981年7月10日、S1/250、F5.6。たぶんクロススクリーンフィルタを使っていると思う。

わかりづらいけど、この積乱雲の下は強い雨が降っていて、この雲の下に船が入るとシャワーを浴びたようになる。1981年7月10日、S1/250、F18

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次は山の写真。当時は人の少ない南アルプスに好んで登っていた。1981年5月に南アルプス、鳳凰三山から甲斐駒ヶ岳まで縦走した時の写真。
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たぶん鳳凰三山の登り口、夜叉神峠からみた白峰三山(左から農鳥岳3025m、間ノ岳3189m、北岳3193m)。

同じところからタムロンの望遠ズームで撮った北岳(バットレス)。この北岳は日本で2番目に高い山。ちなみに3番目が奥穂高岳(3190m)。

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南アルプスの中でも北岳が特に好きで3回ほど登ったが、正月に吊り尾根から白峰三山を縦走して奈良田に降りたのが、一番楽しい冬山登山の思い出。

富士山と日の出を撮りたくて正月に南アルプス甲斐駒ヶ岳(2967m)に登って初日の出を撮ったこともある。
1982年(昭和57年)の1月1日、まだ夜明け前。
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当たり前だけど厳冬期のアルプスは寒い。もって行った温度計(氷点下20度まで)よりもさらに低い気温の中、じっと待ってやっと太陽が昇ってきたところ。
19820101
このキヤノンAE-1は電子シャッターになっているので、電池がないとマニュアルモードでもシャッタが切れない。冬山では寒さで電池がすぐにダメになるので、電池を3つ持っていき、2つをダウンジャケットの内ポケットで暖めて、電圧が低下したら交換することを繰り返しながら撮った。

これは日の出から少したった頃だろう。遠くに薄く見える富士山の手前右横、山頂に尖った岩が写っているのが、鳳凰三山地蔵岳(2764m)のオベリスク。
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この正月登山は初めて1人で登った。誰もいない冬期小屋の中に貼った小さなテントの中で大晦日の紅白歌合戦をラジオで聞いたとき、ものすごい寂しさと怖さを感じた。初日の出を撮るためとはいえ、なんてバカなことをしているんだろうと後悔した。この時の感覚はいまでも思い出せるぐらい。

この1981年は何度も調査船に乗っていて、8月から10月にかけて、アルバイトで南太平洋に行く海洋地質調査(GH81-4)の船に乗った。以下はその時の写真。

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上も下も南太平洋に沈む夕陽。どこが南太平洋なんだ?と聞かれても海に違いはないけど・・・

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36枚全部がこんな夕陽だったりするので、よほど夕陽がお気に入りだったんだろう。
ちなみに今回見つかったスライドの中に花の写真は1枚もなかった・・・

日付変更線と赤道を越え約2ヶ月間の調査航海の間で3日間ほどアメリカンサモア(アメリカ領サモア又は東サモア)のパゴパゴ港に停泊した。

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乗っていた調査船は白嶺丸という船だけど、この写真の船だったかな。長く乗っていたが、船体をじっくり見た記憶がない

特に何もない島だったけど南半球の島なんて滅多に行く機会がないので、いろいろ回ったような記憶がある。

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島の中はこんなピックアップトラックの荷台に座席を乗せたようなバスで巡った。
ここは火山島でその山の頂上付近までロープーウェイで上ることができた。ちょっと虹が写っている。

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ここを出港する日は持っていた小銭を全部お菓子にかえて船に戻った。船の中は免税で買える酒類はたくさんあったけど、チョコレートなんかがあまりなかった。

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約60日間、太平洋で過ごした船の中の生活。最初は船酔いするけど、ほとんどの人は3、4日ほどで慣れるから不思議。常に船のエンジンの音がする船室で寝起きしていたから、船から降りて自宅に帰った最初の夜はその静かさが気になって眠れなかった。

今回は「眠っている機材」というよりも「眠っている写真と記憶」になってしまった。もう30年も前の話、AE-1も電池を入れたらちゃんと動くかな

このような機会を与えてくれたbabathegiantさんの、つながり企画に感謝したい。

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